夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart3

   

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夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart1夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart2

256: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:45:25.01 ID:J77VLEdA.net
奈央「ごめん。本当は聞かない方がいいと思ったけど」
奈央「嫌なら、言わなくてもいいから」

俺はしばらく悩んだ。
どうしてか、奈央にケガの事を言うのは憚られた。
たぶんおばさんにもおじさんにも、
俺が腰を悪くしてバレーを辞めたのは伝わっていないはずだ。
ケガをしてしまった自分が情けなく思えて、俺は隠していたかったのだ。

257: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:48:04.17 ID:J77VLEdA.net
俺「もう、十分やったからね。満足したって感じ」
俺「深い意味はないよ」

奈央「バレー、嫌いになっちゃったの?」
俺は大きく首を横に降った。
俺「まさか。大好きだよ。他のどのスポーツよりも好き」

奈央は、「ふーん…」と言いながら、水やりを続けていた。
何か、見透かされているような気がした。

258: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:49:15.93 ID:J77VLEdA.net
奈央「これが終わったら、対人してくれない?一日ボールに触らないの、不安だから」
奈央「勉強する…?」
俺「お、やる?全然いいよ。じゃあ早く終わらせよ」
俺がそう言うと、奈央は「うん!」と言って笑顔になった。

今は難しい事は考えたくない。
奈央に笑顔が戻ってきたなら、それでいいんだと思った。

259: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:50:21.91 ID:J77VLEdA.net
日差しは相変わらず強い。もう、夏も本番なんだ。
「よし!こんなんでいいかな!」と言った奈央は、畑からホースを撤収し、
家の目の前に向かって勢い良く水を振りまいた。

アーチを描いて霧散した水滴は、
太陽光を反射してプリズムのようにキラキラと散っていった。
燦然たるその光景が、なぜだか俺の胸をきゅっと締め付けた。

267: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/05(木) 12:27:11.40 ID:7I2c9t8c.net
>>259
この一節が透き通りすぎててびびった
元気に水を振り撒く奈央ちゃんの姿が目に浮かんだわ
にしても、なんでお守りは落ちてたんだろう

270: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/05(木) 17:40:19.58 ID:gJ3opFWZ.net
続き気になる

277: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 22:34:33.43 ID:NHoSgdPp.net
奈央がボールをポンポンと叩きながら玄関から出てくる。
俺は水道で水をがぶ飲みしていた。

奈央「この前と同じ感じでいい?」
俺「ん、いいよ」
俺はびしょびしょになった口元を腕で拭って返事をした。
水を飲んだら、溌剌とした気分になった。

278: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 22:35:53.66 ID:NHoSgdPp.net
「いくよ」
奈央がボールをひょいっと上げて、俺の元に打ち込んできた。
バンッと両腕でキャッチ(レシーブ)し、奈央の頭上へ優しく返す。

奈央が「さすが」と笑いながら、俺に向かってトスを上げる。
綺麗にトスが上がって、「いける」と感じた。
振りかざした手はバチンッと気持ちよくボールにミートして、
かなりの速さで構えた奈央の元へ飛んでいった。

軌道が安定していたので、
奈央はほとんど動くこと無くレシーブを高々と上げた。

奈央はレシーブしながら痛切な声で「はっや」とつぶやいた。
俺は「ナイスカット」といいながら、少々低めのトスを返す。
奈央は「よし!」と言いながらトスの軌道を見定めて、パシン!とボールを叩いた。

279: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 22:39:17.08 ID:NHoSgdPp.net
俺の構えとぴったりの所にボールが飛んできて、
「おっけ!」といいながらレシーブを奈央の元へと返す。

奈央も「ナイスカット」と笑いながら俺にトスを上げた。
これまた、いい感じの打ちごろのトスだ。
俺は軽やかにボールを叩いて、奈央の元へ打ち込んだ。

ボールは少々手前に落ちそうになって、俺はまずいと思った。
奈央が、「オーケー!」と叫んで地面に滑り込んだ。
ボールは奈央の目の前でバウンドし、奈央はそのまま地面に倒れこんだ。

280: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 22:51:02.81 ID:NHoSgdPp.net
俺「あ、あぶないよ!」
奈央「いった…つい癖で、フライングしちゃった」
奈央はそう言うと、俺の方を見て「しまった」という感じで苦笑いした。
俺「その執念は良いと思うけど、今は外だから…手とか大丈夫?」

奈央「うん、平気だよ」
奈央はTシャツが土だらけになっていたが、ケガはなさそうだった。

俺「よかった。大事な試合があるんでしょ?あんまり無茶すんなよ」
奈央「ああいうボール、試合でもよくあるけど、とるのが難しくて」
奈央は服を払いながら立ち上がって、俺の方を見た。

281: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 22:52:05.18 ID:NHoSgdPp.net
俺はピンと来て、奈央の姿勢を見てみることにした。
俺「ちょっと、レシーブ姿勢とってみて」
奈央「うん?…こうかな」
奈央は膝を曲げて腰の重心を落とした。

俺「うん、間違ってはいないね」
俺「でもそれだと、前にボールが落ちそうな時、すぐ反応できないんだ」
奈央「確かに」

俺もレシーブ姿勢を構えて、奈央の前で見せて上げた。
俺「ただ膝を曲げればいいってわけじゃないんだ」
俺「膝の皿は、自分の足首より前に持っていく感覚なんだ」

282: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 23:02:51.14 ID:NHoSgdPp.net
奈央「足首の前…?」
俺「そう。そうすると、重心は落ちながらも自然と体は前にいくでしょ?」
奈央「あ、本当だ!なんだか動きやすいかも」

奈央の顔がキラリと光って、何度も何度もその姿勢を確かめた。
俺「これがレシーブの基本なんだ」
俺「相撲の取り組みっぽい姿勢だ、なんて言われたなぁ俺は」
そう言って俺が笑うと、奈央も「ほんとだw」と言って笑った。

俺「俺も高1の頃レシーブ下手だったから、コーチに何度も言われてさ」
俺「もうすっかり、頭から離れないわw」

283: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 23:06:21.40 ID:NHoSgdPp.net
奈央は輝いた表情で、「うんうん」と頷いて繰り返し姿勢を確認していた。
俺「打ってみるから、カットしてごらん」
奈央「うん、オッケー!」
俺が少しだけ厳しい球を打つと、奈央はススス、と滑らかに移動してボールをカットした。

俺「そう、それだよ!いい感じじゃん」
奈央「わー、なんかぜんぜん違うかも!」
俺「さっきはこの球に飛び込もうとしてたからなw」
奈央「ほんとだよねw」

284: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 23:08:09.08 ID:NHoSgdPp.net
奈央とバレーをしていると楽しかった。
腰の痛みも、一瞬だけ忘れるようだった。
奈央は俺の言ったことを素直に受け止めてくれ、
それをひたむきに実践しようとしていた。

そんな奈央を見ていると、
俺は失った気持ちを色々と取り戻すような気分になれた。

奈央「1、教えるの上手いね」
奈央は肩で息をつきながら、俺の方を見て言った。

そう言ってもらえるのが嬉しくて、不意に胸が熱くなってすぐには何も言えなかった。
奈央「あっつい。そろそろ水飲んでいい?」
俺「うん、飲みなよ。熱中症になったらやばいよ」

285: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 23:09:36.26 ID:NHoSgdPp.net
昼前の白い日光が庭中を照らしていた。暑すぎる。

奈央「1に教えてもらってたら、めっちゃ上手くなれるかも」
奈央は水道で水を飲みながらそんな事を言った。
俺はやっぱり、その言葉が純粋に嬉しくて、少し恥ずかしかった。

俺「俺のおかげってわけじゃないよ。奈央だって真面目にやってるから」
奈央「だよねーん」
奈央はそう言うと、元気ににかっと笑った。
溌剌とした笑顔、とはこういうものを言うんだろう。
その笑顔を見て、ちょっとだけ胸が騒いだ気がした。

287: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 23:13:34.19 ID:NHoSgdPp.net
奈央と二人きりになったら、あの「お守り」の事を話そうと考えていたが、
奈央の明るい表情を見ていたら、なんだか話すのが怖くなってしまった。

なぜだか分からないが、
そのことを話してしまうとこの笑顔が消えてしまうんじゃないかと、
俺は「余計な」心配をしていた。

そんな事考えずに、話してしまえば良かったのだが。

294: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/06(金) 01:24:42.02 ID:8z+/2djX.net
昼飯を食べて、午後から自分の部屋で勉強をしていたら
「ピンポーン」というインターホンの音が鳴った。

奈央が下に降りる様子もなく、おばあちゃんもいないようだったので、
「いいのかな?」と思いつつも俺が玄関の戸を開けた。
そこには、短髪の見知らぬ少年が立っていた。
この前野球観戦の時に見た制服だったから、恐らく奈央の高校の生徒だ。

295: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/06(金) 01:25:46.66 ID:8z+/2djX.net
男子「あ、え?こんにちは…」
俺「こんにちは…」
彼は、いかにも「予想外の奴が出てきた」という表情で俺を見た。

男子「奈央さん、います…?」
俺「あ、はい。ちょっと待ってね」

俺はそのまま2階に上がっていき、奈央の部屋をノックした。
俺「なんか、男の子来てるけど」
すると、中から「えー?どうせタクミだろ」と声がした。

奈央はバタバタと玄関へ降りていき、
「やっぱり。何の用ー?」と親しげに話し始めた。
俺はその様子を、階段の途中からうかがっていた。

296: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/06(金) 01:39:26.54 ID:8z+/2djX.net
少年「いや、墨汁忘れたんで取りに来た」
少年「教室の入り口閉まってっから、こっちから入れてくれ」

奈央「またそれ。ちゃんと持って帰れし」
少年「しょうがないだろ。先生いねえの?」
奈央「おばあちゃんなら出かけてるよ」

どうやら彼は、ここの書道教室に通っている高校生のようだ。
家の中に他に誰もいないからか、嫌なほど会話が聞こえてくる。
奈央との様子を見ている限り、かなり旧知の仲なのだろう。

297: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/06(金) 02:03:09.16 ID:8z+/2djX.net
少年「ってかあの人誰?兄ちゃんなんていないよな?」
奈央「親戚…って感じかな。浪人生で、うちに勉強しに来てる」
少年「ふーん。めっちゃ背でかいからビビったわw」
俺の話題が展開され、少しドキッとして嫌な汗が出そうになった。

少年「そういやさ、野方先生来てたぞ、学校に」
奈央「え、先生が?今日うちら部活ないのに」
少年「職員室で偶然見かけてさ。産休決めたって言ってたぞ」
奈央「えっ!?それ、マジ??」

奈央が急に大声を上げたので、俺の心臓がばくん、と飛び上がった。

302: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/06(金) 07:57:45.40 ID:tB/yKZEI.net
つか、田舎のJKと戯れてるだけで、全然勉強してないじゃん

304: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/06(金) 13:25:14.00 ID:YA3PtIuz.net
わくわくしてきた

310: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 03:12:59.56 ID:2DGFGa60.net
奈央「まだうちら何も聞いてないんだけど…」
少年「あーそうだな。次の部活の時に、言ってくれるんじゃないか」
少年「あのお腹なら無理もないだろ。今までよくやってたわ」
奈央「うん…ほんと、そうだよね…」

少年「女バレ、大会あるとか言ってなかった?」
奈央「…あるよ」
少年「大丈夫か?先生いなくて」
奈央「わかんない…」

奈央がそう言ってから、しばらく会話が途切れた。
教室の方から、ドタドタという足音が聞こえた。

311: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 03:15:43.92 ID:2DGFGa60.net
しばらくすると玄関の方から「じゃあな」と言って男の子が出て行った。
階段の踊り場でしばらく立ち尽くしていたけど、
奈央が戻ってこないので、俺は書道教室の方を見に行った。

そこには、教室の中でぼーっと立っている奈央がいた。

俺「どうしたの。ここ、暑くない?」
教室の中は冷房もついておらず締め切られていて、ひどく暑かった。
入り口横の小さな窓から西日が差し込んでいた。

312: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 03:17:39.20 ID:2DGFGa60.net
奈央「どうしよう」
俺「…野方先生って、部活の顧問なの?」
奈央「聞いてたの?」
俺「聞こえちゃった」
俺がそう言うと、奈央は俯いて黙ってしまった。

教室の中があまりに暑かったので、俺は小さな窓を開けた。
奈央「そこ開けると、虫入ってくるよ」
俺「だって、暑いから」

窓を開けたら、網戸がなかった。
でも、外の風が入ってきて、幾分かはマシになった。

313: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 03:19:17.28 ID:2DGFGa60.net
俺「どうしたんだよ」
奈央「顧問の先生が、産休するんだって」
俺「うん、聞いてた」
奈央「大会…どうしよう」
奈央は下を向いたまま、顔を上げなかった。

俺「監督がいないっていうのは不安だけど…やるしかないだろ」
奈央「うん…」
俺「そんなに落ち込んでたって、仕方ないだろ」
奈央「うん」

321: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 19:59:15.91 ID:dlhGMPwp.net
俺は奈央にそう声をかけると、台所に行って麦茶を飲んで一息ついた。
でも、部屋に戻ろうとするとまだ教室の方に灯りが点いていた。

俺「いつまで、こんな暑いとこにいるんだよ」
奈央「うん」
俺「先生が休むのはショックだろうけどさ、自分達でやるしかないだろ?」

奈央「そんなこと分かってるよ!」
奈央が突然語気を荒くしたので、俺は驚いた。

322: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:04:58.38 ID:dlhGMPwp.net
奈央「私、キャプテンなんだよ…上手くもないのに」
奈央「先生がいなかったら、全部私がやらなきゃ、練習も試合の指示も、全部…」
俺は、なんて声をかけるべきなのか、すぐには言葉が出なかった。

奈央「最後の試合だから、全力でやって勝ちたかったのに…無理だよぉ…」
奈央はそう言って、また俯いてしまった。

俺「だって…それがキャプテンじゃないか。しっかりしろって」
奈央「1は上手いからいいよね!きっと私のことなんて分かんない!」
奈央「失敗したり、思い通りにプレー出来ないことなんてないんでしょ!?」

323: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:11:47.17 ID:dlhGMPwp.net
奈央の言葉が、俺の胸に突き刺さった。

俺「それは……」
奈央「背だって高くて、レフトでエースだったんでしょ!?」
俺「奈央」
奈央「こんな不安な気持ち、なったことないからそんな気楽に言えるんでしょ!」
俺「奈央、聞いて」

俺「俺はもう、バレーができないんだよ」

324: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:13:50.34 ID:dlhGMPwp.net
その言葉を聞いて、奈央は口を開けたまま俺の方を見上げた。
奈央「え…?」
俺「言ってなくて、ごめんね」

俺「俺、腰をやっちゃってさ。もう二度と思いきりバレーをすることはできないんだよ」
奈央「え、だって…もうバレーは満足したって…」
俺「うん、ごめん。あれは嘘だったんだ」

325: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:19:18.66 ID:dlhGMPwp.net
俺「俺はもう、バレーがやりたくてもできない」
俺「ボールに飛び込んだり、思い切り飛び上がってスパイクを打ったり、できないんだ」
奈央「うそ…」

外から、「ミーンミンミン…」という蝉の声が入り込んできて、
しばらく会話が途切れた。
ヒリヒリとした空気の中で、俺は何も言えなかった。
ただただ部屋の中が熱くて、背中にじわりと汗をかいていた。

326: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:21:01.42 ID:dlhGMPwp.net
奈央「ご、ごめん…私、知らなかったから…」
奈央は少し目を赤くして、震えるような声でそう言った。
そんな奈央を見ていたら、
俺も感情が込み上げてきて全部話してしまおうと思えた。

俺「本当は、ずっとずっと夢があったんだ」
俺「春高に出て、あのオレンジコートに立ってさ―」
俺「負けても勝っても、コートの中で沢山の風を起こすんだよ」
俺「俺はここにいるぞ!ってね」
俺「思いっきりプレーして、最後は仲間と思い切り抱き合うんだよ」
奈央は、黙って俺の顔を見ていた。

327: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:22:04.93 ID:dlhGMPwp.net
俺「そしたらさ、一体どんな景色が見えたんだろうな」
俺「その景色を見るのがさ、俺の夢だった」
奈央は親身に聞いてくれていたが、唇を噛んで俺の方を見るだけだった。

俺はしまったな、と思ってすぐにフォローを入れた。
俺「いや、ごめん。こんな事言われても困るよな」
奈央は少し下を向いてから、口を開いた。

328: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:27:21.07 ID:dlhGMPwp.net
奈央「うん。正直、私にはよくわかんない…」
奈央「だから、明日私たちの部活に来てよ」
出し抜けにこんな事を言うので、俺は面食らった。

俺「え、どういうこと?」
奈央「私、1にバレー教えてほしいから。先生の代わりに臨時コーチになって」

奈央「一緒に、もう一度バレーしてくれない?」

331: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:44:25.52 ID:dlhGMPwp.net
奈央は、凛とした目で俺を見た。
そんな目で見つめられるのは初めてのことだった。

俺「そう言われても、そんないきなり部外者が…」
奈央「…やっぱり勉強忙しい?」

俺がここに来た目的―それはもちろん勉強だが―
でもそんな事ばっかりやっていて、意味があるんだろうか?
その先には夢も目的もない、何もないのに勉強だけしている。

奈央たちと頑張ったら、その先には何かあるんだろうか―
何か、見えるんだろうか?

332: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:47:54.26 ID:dlhGMPwp.net
奈央「大会まで、あと一週間だけ…部活に来てくれない?」
奈央「お願い…!」
奈央のまっすぐな瞳が俺を見つめた。

奈央の言葉は、不思議な力を持っているようだった。
いつもの俺なら、間違いなく断っていただろう。
バレーを思い出すと辛いから、
バレーを避けて、バレーの事を忘れようとして生きてきた。

なのに、奈央とはなぜか一緒にバレーがしたいと思えた。
もう一度やれるかもしれない、そう感じた。

334: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:51:50.52 ID:dlhGMPwp.net
俺「俺なんかで良ければ、力になるけど」
俺「コーチなんてやった事ないから、上手くできるか分かんないけどさ…」
俺がそう言うと、奈央はくすっといたずらっぽく笑った。
奈央「ほら、やっぱり」

俺「何が?」
奈央「1はまだ、バレーやりたいんだよ。そうに決まってる」
奈央が力のない笑顔で俺に語りかけてくる。

奈央「1は、自分の大好きな事を勝手に終わらせようとしてない?」
奈央「夢だった…って何?夢なら、また追いかければいいじゃん」
奈央「少なくとも、私だったらそうするんだけど」
そう言うと、奈央は口元だけで笑って首を傾げた。

335: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:53:17.43 ID:dlhGMPwp.net
俺は、けがをしてバレーと関わることを意識的に避けてきた。
でも、それは間違っていたのかもしれない。
そのせいで、いつまでたってもバレーを忘れられず、
そのしがらみに足をとられ続けてきた。

俺の本当にやりたい事は…いつまでも経っても変わらない夢は……

その日の夕飯のあと、台所で皿洗いをしていると奈央に声をかけられた。
奈央「明日臨時コーチに来てもらうって、みんなに言っといたから」
俺「みんなに?どういうこと?」
奈央はぽかんとして、スマホを指差した。

336: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:55:01.62 ID:dlhGMPwp.net
奈央「LINEだよ。部活のグループ」
俺「ああ、そういうこと」

奈央「みんな結構期待してるよ。良かったね」
俺「え、マジ。なんか緊張すんだけど」
そう言うと奈央は「なんでw」と言って笑った。

奈央「今日みたいな感じで教えてくれたらいいよ」
俺「ん、分かったよ」
奈央「あとで、LINEも教えて」
俺「ああ、いいよ」

337: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:56:40.19 ID:dlhGMPwp.net
奈央「手伝おうか、それ」
俺「いや、いいよ。これは居候の俺の仕事」
手伝いは断ったものの、俺が皿洗いをしている間、奈央は俺の横に立っていた。
その時、奈央がどんな表情をしていたのか、俺は見ていなかった。

蚊取り線香の匂いがした。
おばあちゃんとおじいちゃんがテレビを見て笑う声がした。
おじさんは相変わらず網戸外の縁側で一服つけているようだった。

夏の夜の、いつも通りの穏やかな時間が流れていた。
その中で、俺の皿を洗う水の音が響いていた。

339: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 20:58:35.91 ID:dlhGMPwp.net
奈央「明日、早いからね。寝坊はダメだよ」
俺「分かった。奈央も寝坊すんなよ」
奈央「うっさい」

皿洗いが終わった後、俺は真っ暗になった庭に出た。
使ってない自転車があるらしく、明日俺が使うために出してこようと思った。
家の居間からの灯りと、まばらな街灯の灯りだけが頼りだった。

341: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:01:50.49 ID:dlhGMPwp.net
ぶどう畑の脇の、物置のような所から自転車を引っ張り出してきて、
水道の横に止めると、縁側にいたおじさんに声をかけられた。

おじさん「自転車なんか出して、どうするで」
俺「あ、いえ。ちょっと明日使わせてもらおうかと」
おじさん「明日どっか行くの?」
そう言われて少し戸惑ったが、すぐに「部活です」と自信たっぷりに答えた。

おじさんは「はは!」と高笑いし、「1君は高校生だったっけ」と笑っていた。
おじさん「ちょっとここ座れし」
そう言われて、俺はおじさんの横に座った。

342: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:05:54.59 ID:dlhGMPwp.net
おじさん「奈央の部活でも、見に行くのけ」
俺「あ、そうです。ちょっと頼まれたので」
おじさんは、ふうっと煙を吐いて続けた。

おじさん「そんなこんやってないで、勉強しなくていいだか?」
俺は突然の言葉にドキッとし、一気に体温が上がる気がした。

俺「いや…もちろん勉強も…」
おじさん「勉強に集中するためにこっちに来たって聞いたけど」
おじさん「なんで部活に行くなんて話になってるだ」
俺「…すいません」

蒸し暑い夏の夜に、場が凍りついたようだった。
まさか怒られるとは思っていなかった俺は、
握りしめた拳に嫌な汗をかいた。

343: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:11:07.03 ID:dlhGMPwp.net
おじさん「…なんて、いつもこんなん言われてた?」
俺「…はい?」
おじさん「1君、本当は勉強好きじゃないら?」
おじさんの態度がくるっと変わったので、俺は何て言ったらいいか分からずにいた。

おじさん「というか、他にやりたいことがあるらに」
おじさん「聞いたよ、畑も手伝ってくれたらしいじゃん」
おじさん「庭でよく奈央とバレーもしてるんだってね」

おじさん「でも俺は、それでもいいと思うんだよ」
おじさん「勉強ばっかりやってたら、人間頭がおかしくなっちまうよ」
リーンという夏の虫の声に揺られて、おじさんの横顔が暗闇にぽっかりと浮かび上がっていた。

344: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:12:47.81 ID:dlhGMPwp.net
俺「明日の部活なんですけど」
俺「俺、ここ何年かずっと、やりたいことが何もなかったんです」
俺「したくもない勉強を毎日毎日ずーっとやって、そんな風に過ごしてきて」

俺「でも今、本当にやりたいと思えることが、目の前にできたんです。もう、何年もなかったのに」
俺「だから明日、俺は奈央さんの部活に行って来ます」

俺は無我夢中で、今自分の心にあることを吐き出した。
まるで小さい子供のように、心に燃える想いを躊躇なく吐き出していた。

345: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:15:38.49 ID:1kSWbypm.net
おおおいおっちゃん

びびらしてくれたな

346: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:20:34.45 ID:dlhGMPwp.net
おじさん「1君、どうしたで」
俺「はい?」
おじさん「なんか今、すごい楽しそうじゃん」
俺はおじさんのその言葉を聞いて驚いた。

俺「え、そうですか?」
おじさん「なんか、いい顔してたよ」
自分でも気づいていなかった。俺はそんな風に見えていたのか。
というか、そんな風になっていたのか。

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おじさん「まあ、好きにしたらいい。早起きして部活に行くのも一興だ」
おじさんはそう言うと、笑みを浮かべて煙草をくわえた。
俺も、「そうかもですね」と笑って相槌を打った。

347: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:21:41.58 ID:dlhGMPwp.net
俺は、変わり始めていたのかもしれない。
全てに自暴自棄になって、過去の記憶の亡霊に取り憑かれて流れ着いたこの場所で、
俺は何か大事なものを見つけかけていた。

その日、初めて奈央からLINEが来た。
「明日は8:30には家出るからね」
とだけ書かれた、簡素なものだった。

気合を入れて返事を返すのもアレなので、
俺は「りょーかい」とだけ打ち込んで、返事とした。

348: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:31:16.88 ID:dlhGMPwp.net
同じ家にいるというのに、LINEをするというのも妙な感覚だった。
自分の部屋にいるのも、少しだけソワソワした。
灯りは豆電球だけにして、しばらくスマホを眺めていた。

窓の外からは相変わらず虫の声が聞こえていた。
その日は、なんだか不思議な夜だった。
今更ながら、自分が全然知らない世界に来たような、そんな不思議な気持ちになった。

349: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:32:26.67 ID:dlhGMPwp.net
次の日、奈央は8時前には支度が終わったようで、やたらと俺を急かした。
シューズを持っていないことを話すと、渋々自分の体育館履きを貸してくれた。
俺は自前のコルセットを準備したり、
タオルやTシャツを準備するのに手間取った。

結局8:30前に家を飛び出して、俺は寝ぼけた頭を覚ますのに必死だった。
奈央「早く!」
奈央は庭先の道で自転車に乗って俺を促した。
夏の朝の真っ白な光が、俺たち二人を包み込んだ。

351: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 21:41:26.12 ID:dlhGMPwp.net
自転車に乗るなんて久しぶりのことで、なんだか不思議な気がした。
「急ぐから、私のあと付いてきてね!」そう言う奈央の背中を追いかける。

風を切って坂道をどんどん下っていく。
前を行く奈央の後ろ姿が小さくなっていく。

いくつものぶどう畑が横目に通り過ぎていく。
あの駅前の道も通り過ぎた。遠くに、麓の街が小さく見えた。
太陽の光を浴びて、キラキラと光っていた。

354: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 22:21:58.65 ID:dlhGMPwp.net
なにせずっと下り坂で、風を思い切り浴びるので、
暑さはそこまでじゃなかった。
奈央が飲み物買うのを忘れたと言って、途中自販機の前で立ち止まった。

俺「ねえ、そこまで急がなくてもいいんじゃない?」
奈央「そうかな。まあ、それなら普通に行ってもいいけど」
俺「何をそんなに焦ってるの?」
俺は自販機の影に入るようにして、奈央の表情を窺った。

奈央「別に、焦ってなんていないけどさぁ」
奈央は怪訝な表情でこちらに視線を向けた。

355: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/07(土) 22:23:49.42 ID:dlhGMPwp.net
奈央「早く行って、準備したかっただけだよ」
奈央「…ごめんね」
俺は一瞬「ん?」と思って状況を理解できなかったが、
奈央が謝っているんだと気付いてすぐにフォローを入れた。

俺「や、やめて。謝ることないよ。いいんだ別に」
そう言うと奈央は「ううん」と首を横に振って、
「行こっか」と言ってペダルを踏んだ。

夏の朝の陽射しが揺れる中を、奈央が少し前を走っている。
「学校ちょっと遠いんだぁ」などと言って、時々こちらを振り返った。

俺はずっと、長い髪の結ばれた奈央の後ろ姿を見ていたから、
奈央が振り返るたびに目が合って、ちょっと困った。

358: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 00:57:20.42 ID:9/BsGJdf.net
次第に何もなかった山道から、少々車通りの多い道が増えてきた。
いくつもの坂を下って、抜けた先に大きな川があって、
その河川敷の横には、ひまわり畑が広がっていた。

そして、その向こうには奈央の高校があった。
こりゃ、帰り道は一段と大変そうだな、と思った。

奈央のあとを追って校内に入ると、世界が一変するようだった。
不意に、空気と雰囲気が変わった気がしたのだ。
驚いて振り返ると、校門からは来た道が続いていた。

359: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:01:01.03 ID:9/BsGJdf.net
こんな事ってあるもんなのかと思ったが、
遠くで「こっち!」と呼ぶ奈央の方を向き直って、
俺は自転車のペダルを踏み直した。

何もかもが懐かしく感じた。
そんなに遠い昔のことでもないのに、高校ってこんな感じだったよなぁと、
目に映るもの全てに親しみを覚えた。

どこで吹いてるのかも分からない、遠くから聞こえる吹部の「プア~」という音。
朝練なのだろうか。熱心な生徒が練習前に来て吹いているのだろうか。

360: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:11:50.63 ID:9/BsGJdf.net
野球部はすでにグラウンドで「おい!おい!」と掛け声を上げてランニングをしている。
俺の目の前を、弓を抱えた弓道部の一団が通り過ぎて行く。
これから試合にでも行くのだろうか。

かと思えば、何やら大きな荷物を抱えて歩いている屈強な男子たちともすれ違った。
ラグビー部か、レスリング部…と言ったところだろうか?

奈央は一足先に駐輪場に自転車を止めていた。
奈央「ここ、私の隣に置いちゃっていいから。テキトーに」
そう言われて、奈央の横に自転車をつける。

俺「にしても、部活が盛んな学校なんだね」
ここに来るまでに、一体どれだけの部活の子とすれ違っただろうか。

361: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:15:27.90 ID:9/BsGJdf.net
奈央「まーね。一応伝統校だから、部活には相当力を入れてるよ」
奈央「文武両道、とか言って勉強にもうるさいけどね」
俺「へえ、立派な高校なんだね」

俺がそう言うと奈央は、
奈央「そんな事ないよ、この辺の子たちが集まってくる普通の高校だよ」
と言ってはにかんだ。

362: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:20:27.44 ID:9/BsGJdf.net
奈央「私は部室に行って着替えてくるから」
奈央「ちょっと、ここで待ってて」
そう言われて、俺は駐輪場の自転車の脇で待っていた。

止めてある無数の自転車や、目の前にあった水道などを眺めて、
やっぱりここは高校なんだなぁ、としみじみとしてしまった。
この中だけ、時間の流れ方が違うようだ。

毎年沢山の生徒が卒業して、入学して、人はどんどん入れ替わるけど、
この場所だけは、永遠に終わらない青春の時間が流れ続けてるんだ、と思った。

364: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:38:34.21 ID:9/BsGJdf.net
数分待っていると、奈央が駆け足で戻ってきて「いこ」と俺を誘った。

体育館は駐輪場のすぐ近くにあった。
中からはすでに「バシンバシン!」とボールの音が響いていた。
奈央はなぜか「後から入ってきて!」と言って俺を置いて中へ入った。

少し待って入ると、バスケ部の男子がこちらを見て「ちわーーっす!」と仕切りに挨拶をしてくれた。
体育館の特有の匂い。キュキュっとシューズの擦れる音。
高い天井から注ぐ無数の照明。

365: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:39:56.21 ID:9/BsGJdf.net
その中に降り立って、俺は少し胸が詰まる想いがした。

そして、久々にやるぞ!と勇んで体育館履きを履こうとしたら、
サイズが合わずまったく足に入らなかった。
俺「靴が入らないんだけど」
奈央「かかと踏んで履いちゃえばいいよ」
俺「それはあぶないよ」

366: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:41:16.82 ID:9/BsGJdf.net
俺がそう言うと、奈央は「もう」とむくれて体育館の入り口を指さした。
奈央「入口の下駄箱に、忘れ物のシューズがいくつかあるから、使いなよ」
それに「分かった」と答え、古ぼけた下駄箱から見繕って、
シューズを履いて中に戻った。

その間、奈央は体育館を仕切るネット越しに、
ずっと男バスの様子を夢中で眺めていた。
俺「準備、しないの」
俺が声をかけると、不意を突かれたように「ああ、そうだ」とおかしな声を出した。

368: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:46:54.01 ID:9/BsGJdf.net
奈央が倉庫のような所に駆け出して、一人でネットのポールを運んでくる。
「あぶないよ!」と言ってすぐに手伝った。
「いつも一人でやってるから平気」と言っていたが、足元はフラフラだった。

体育館でネットを立てるなんて作業、もう何年ぶりのことだったろうか。
ぎしぎしと軋むネットの音が何だか無性に心地よく感じた。

そんな風にして、二人で準備を進めていると、
他の部員たちも集まってきて準備を手伝い始めた。
後から来た子たちは皆、俺の方を不思議そうな表情で眺めていた。
俺も仕方なく、「こんにちは」と力なく会釈をするだけだった。

369: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 01:50:31.44 ID:9/BsGJdf.net
奈央が後輩らしき子に、「あの人ですか?」と聞かれて困った笑顔を浮かべていた。
俺のことを、いつ説明するつもりなのだろうか。

そんな事を思っていると、
入り口の方でバスケ部男子が「こんにちはー!」と次々に言い始めて、
お腹の大きな一人の女性が入ってきた。

歩きながら男子たちと談笑しているようにも見えた。
それに気づくと、奈央はすぐさまその女性の元へと駆け寄っていった。
恐らく、あれが女子バレーの部の顧問の先生なのだろう。
奈央はそのまま先生と数分話していた。

370: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 02:21:42.76 ID:9/BsGJdf.net
他の子たちが各々ストレッチを始めたので、
俺も端の方で軽くストレッチをしていた。

すると、奈央が手招きして「来て」と俺を呼んだ。
椅子に座った先生と、奈央を挟んで向かい合う格好になる。
俺が「こんにちは」と挨拶をすると、先生は、
「女バレの顧問の野方です」と笑って挨拶してくれた。

371: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 02:34:50.72 ID:T3XlmZ6k.net
先生「1君、だよね。奈央から聞いたけど、あなたがうちを見てくれるんだよね」
俺「あ、はい。どの程度力になれるかは分かりませんが…」

先生「ほんと、突然ごめんね。私がこんなんにならなきゃね」
先生「今日も、旦那の車で送ってもらったんだけどw」
先生はそう言って、自分のお腹を触って笑った。

先生「明日から産休のつもりで、その間は他の部の先生に一緒に見てもらおうと思ってたけど」
先生「それでも、バレーの中身のことまではカバー効かないからね…」
俺「そうですよね…」
先生と俺が会話をする間、奈央は一心に先生の方を見つめていた。

372: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 02:39:10.26 ID:T3XlmZ6k.net
先生「見てもらえたら、それは心強いけど」
先生「これから大会まで一週間くらい、本当に見てもらえる?」
その言葉を聞いて、俺の中で色々なものがフラッシュバックした。

途中で辞めてしまった部活
バレーをとったら何も残っていないと知ったあの日
春高決勝で輝いてたあのエースの風
出口の見えない勉強の毎日
過去の幻影に追われて何もしたいことのなかった毎日

373: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 02:42:25.45 ID:T3XlmZ6k.net
そんな俺が、どういうわけか今、
再び体育館の中に立って、「部活」をしようとしている。

蒸し暑い、この体育館の中で、
シューズの擦れる音が響くこの体育館の中で、俺がいた。
先生のその質問に迷うことなく、
「はい、全力でやりますよ」と答えていた。

そう言うと、先生は笑って、
「ありがとう。他の先生にも、それとなく話しておくから」と言ってくれた。
俺は、再び与えられたこの時間で、一体何ができるんだろうか。
そんな事を思っていた。

383: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:08:40.05 ID:m0gBmCcx.net
話が終わると、奈央が勢い良く「集合!」と叫んで、部員たちが集まってきた。
そして、先生が産休に入ること、
俺が臨時のコーチ役をすることが伝えられた。

先生の産休は大会の前のこのタイミングになってしまったとは言え、
部員たちにも大方予想がついていた事のようで、
みんな「先生お大事に!」とか「頑張ってね!」とか言っていた。

かくいう俺の方は未知数のようで、取り立ててリアクションもなかった。
一斉にお辞儀をして「よろしくお願いします!」と言われて、
それが照れくさくて仕方がなかった。

384: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:11:11.48 ID:m0gBmCcx.net
集合が解かれると、簡単なウォームアップがあって、各々が対人を始めた。
先生に「見てあげて」と笑顔で言われて、俺は「はい」と答えて、
対人をしている様子を見て回った。

対人を見ていれば、フォームの癖とか、
トスアップの精度とか、基本的な事がわかる。
全体的に悪くはないし、女子なので基本はしっかりできていたが、
やはりそこまで上手い、というわけでもないなと感じた。

奈央は自分の事を「上手くない」と言い切っていたが、
この中ではキャプテンを務めることもあって、やっぱり頭一つ上手いように見えた。
「はい!」と掛け声をあげて、ひときわ頑張っているようにも見えた。
バシン、というボールを弾く音と、キュキュキュ、
とシューズの擦れる音が響いて、心地よかった。

385: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:12:34.67 ID:m0gBmCcx.net
奈央が「3メンするよ!」と叫ぶと、
「はい!」と掛け声が上がって、コートの中に3人が入った。
俺はコートの中央に誘導され、ボールを出すように言われた。

見知らぬ女子が3人、俺の方を見て真剣に構えていた。
割と力を込めてボールを打ったが、綺麗にレシーブが上がってトスが返ってくる。
「やるな」と思って、今度は後ろのコースへ打つ。
綺麗に上がって、またトスが返ってくる。

386: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:29:52.01 ID:m0gBmCcx.net
俺はテンションが上がって「いいねぇ!」と叫んだ。
3人は「来い!」と声を張り上げた。

少し意地悪をして、今度はレフト方向からインナーへきつい球を打った。
反応はしたものの、手元がおざなりになって、ボールはコート外へと飛んでいった。
俺は「なるほど」と思って、瞬時にアドバイスをした。

俺「基本はできてるから、自分のとこに飛んできたボールは綺麗に上がるけど」
俺「きついコースや、予想外の所に飛んで来ると、上手くいかないね」
俺「いつでもひじを曲げないで、綺麗に面を作って受けることを意識してみて」
俺がそういうと、ミスをした子は顔をあげて「はい!」と構えた。

388: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:34:37.06 ID:m0gBmCcx.net
「いいやる気だな!」と思って俺も再びフェイントのような球を同じコースに出した。
素早く動いて、綺麗にボールが上がった。
手前にいた子が「オッケイ!」と言ってトスを上げる。

そのまま、後方にいた子に向かってレフトからのウイングスパイクを想定した球を打つ。
バシン、と無回転で綺麗に上がって、再び流れるように俺の方にトスが返ってくる。
コーチ役だというのに、俺は楽しくなって無我夢中になった。

「ああ、これはバレーだ」
「仲間に囲まれて、声を上げて、無心にボールを追いかける、これだ…」
とそんな気持ちが込み上げていた。

390: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:48:47.65 ID:m0gBmCcx.net
休憩時間になると、すっかり俺も汗だくになっていて、
腰に巻いたコルセットが蒸れるのが気になった。
腰に少々違和感はあったものの、結構動いた割にこんなものか、とも思えた。

簡単な休憩が明けると、奈央が勢いよく「サーブカットいくよー!」と声を上げた。
「はーーい!」と掛け声が溢れて、皆コートの中へ並ぶ。
俺はその様子をコート外から眺めていた。

「いきまーす!」「こい!」「ナイスカットー!」と声が止むことはなく、
女子とは言え賑やかでやる気のある部だなぁと思った。
全体的な力は強豪に比べればそこまでではないと思ったが、
チームとしての雰囲気はとても良かった。
この中でキャプテンをやっているのだから、やはり奈央は頑張っているのだな、と思った。

391: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:54:48.16 ID:m0gBmCcx.net
サーブカットの後はスパイク練習だった。
椅子で座っていた先生に「スパイクはよく見てあげて欲しい」と言われたので、
俺はネット近くの邪魔にならない位置に立って、フォームなどをよく観察していた。

数人は、しっかりとミートして打てていたが、他の子は高さも足りず、
ボールを最高打点で上手く捉えられていないようだった。

俺は「ちょっといいかな」と言ってすぐに皆を集めた。
奈央が「集合!」と声をかけて練習が中断された。

392: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 21:59:27.27 ID:m0gBmCcx.net
俺「みんな、スパイク打つ時に一番大事なのは何か分かる?」
俺がそう質問すると、答えづらいのか誰からも返事が返ってこなかった。

奈央が小声で、「高さ…?」と答えた。
俺「うん、高さも大事。でもいくら高くても、タイミングが合わなきゃ良いスパイクは打てないよね」
俺がそう言うと、みんなうんうんと頷いて納得しているようだった。

俺「奈央、一回打ってみて」
奈央がなかなか良いスパイクを打っていたので、俺は手本を促した。
俺が下投げでボールをトスアップすると、
奈央は高く跳んでネットの向こう側にバチン、と良いスパイクを打った。

俺が笑いながら「ナイスキー」と言うと、他の子たちも少し笑った。
打ち終わった奈央は、心底恥ずかしそうにして自分の服を引っ張っていた。

393: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 22:02:09.09 ID:m0gBmCcx.net
俺「奈央のスパイクの良いところは、滞空時間だよ」
俺「滞空時間が長ければ、ボールを一番高い場所で叩きやすくなる」
俺「それに、相手のブロックがよく見えるし、もっと言えば相手のコートの状況まで見えてくる」
俺がそう話すと、みんな目を輝かせてこちらを見た。

俺「スパイクで一番大事なのは滞空時間なんだ。それを意識すれば、かなり変わるよ」
俺がここまで話して、一人の女の子が申し訳なさそうに「あの…」と声を上げた。
「どうしたら、滞空時間を上げることができますか?」

俺は待ってましたとばかりに、この質問にすぐに答えた。
俺「ワイヤーだよ。ワイヤー」
俺がそう言うと、みんなぽかんとして首を傾げた。

394: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/08(日) 22:09:44.07 ID:dIZudz9o.net
ワイヤー??(´・ω・`)

396: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 22:49:22.40 ID:m0gBmCcx.net
俺「自分の頭のてっぺんに、ワイヤーが付いてるって想像してみて」
俺「そんで、ジャンプした瞬間に、真上に思いっきり引っ張られてるってイメージするんだよ!」

俺が自分の頭の上で引っ張られているようなジェスチャーをすると、
みんなもマネして頭の上に手をやって、ワイヤーのイメージをし始めた。
俺が笑って、「そうそうwイメージが大事なんだ」とスパイク練習を再開した。

397: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/08(日) 23:58:59.31 ID:m0gBmCcx.net
勢い良く、「じゃ、いくよーー!」と叫ぶと、
それに呼応して「はーい!」という掛け声があった。

アドバイスをしたが、やはり上手く打てているのは先程と同じ子たちで、
上手くいかない子は、なかなか上手くいかない。
でも、何人かは打ったあとに感覚を掴んだようで、「何か違うかも」と言って、
笑顔で何度もスパイクのフォームを素振りで繰り返していた。

俺はそれを見て、「いいよ!」と笑顔で声援を送った。

414: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 00:56:51.87 ID:VI45BVFQ.net
俺がアドバイスをしたからと言って、
それはあくまで理論的・コツにすぎないものであって、
すぐに何か変わるというワケでもない。

ただ、上手くなれたり、何かに気づく「きっかけ」にはなってほしいと思った。
自分が選手だった時にも、「気づくのはいつだって自分。自分で気づいてから上手くなる」
とよく言われたものだった。
だから、この子たちが自分で気づいて上手くなるきっかけになれれば良いと思った。

もちろん、女子の指導などは今までに一度もしたことがなく、
自分の教えていることが本当に正しいかの不安もあった。
でも、この時の俺は、ただ今自分ができること、伝えられることを、
精一杯にやってあげようとだけ思っていたのだ。

415: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 00:58:27.79 ID:VI45BVFQ.net
その日の奈央は調子が良かった。
何度も何度もスパイクを軽快に打っては、
「ワイヤーって聞いてから、ジャンプがしやすくなった気がする!」
と、笑顔で駆け回っていた。
このスパイクの練習から、チームみんなの笑顔が増えたような気がした。

そのあと、レギュラーメンバーがコートに入って試合形式の練習が行われた。
真面目にやっていながらも、終始笑顔が溢れていて、厳しすぎることもない。
その様子を、顧問の先生は椅子に座って笑顔で眺めていた。

「いい部活だな」
奈央がこの部活に最後までいたい、という気持ちもよく分かる気がした。

416: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 01:05:52.18 ID:VI45BVFQ.net
俺が高校の時のチームも、こんな感じだった。
いや、もっと厳しかったが、雰囲気は似ていた。

あの時は、楽しかった。
みんなで夢に向かって、夢中で頑張っていたあの日、
俺も今の奈央たちと同じような景色を眺めていたんだ。

夢というのは、そこにあって、追いかけるものだ。
それが叶う叶わないではなく、追いかけることに意味があったのかもしれない。
一つの夢が終わってしまったら、また新たな夢を見つける。
もしかしたら人生は、そうやっていくつもの夢を追いかけていくものかもしれない。

417: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 01:14:59.73 ID:VI45BVFQ.net
俺はボールを叩きながら、体育館の格子窓から外を見てみた。
正午過ぎの真っ白な光が、校舎と校庭を包んでいた。
校庭では、サッカー部とハンドボール部が掛け声を上げていた。
その手前の校舎に続く道を、数人の生徒が歩いている。

俺は、やっぱりバレーがしたいんだ。
どんな形であれ、バレーのそばにいたいんだ。
今日、奈央の部活に来たことで、俺は自分のそんな気持ちに気づき始めていた。

418: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 01:23:39.10 ID:VI45BVFQ.net
帰り際、歩くのも大変そうにしている先生に、
「明日から、よろしくお願いします」と頭を下げられ困ってしまったが、
「はい、しっかり頑張ります」と力強く答えた。

体育館から出ようとすると、奈央に呼び止められた。

奈央「ちょっと、帰り道分かんの?」
俺「あ…ちょっと自信ないな…」
そういうと奈央はあからさまにしかめっ面になって、
「やっぱりー?もう、めんどくさ…」と言った。

419: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 01:27:14.72 ID:VI45BVFQ.net
奈央「このまま友達と図書館行こうと思ってたのに」
俺「まあ、どうにかなるよ。大丈夫」
奈央「いや、絶対迷うって。駅まで戻れないよ多分」
そう言うと奈央は部活の子たちの所へ行き、「一回帰ってすぐ連絡する」と話していた。

駐輪場で奈央に、「絶対今日で道覚えてよね」と釘をさされた。
奈央と二人で自転車に乗って校門を出た。

瞬間、また空気が変わった気がした。
なんというか、時間の流れが元に戻った、そんな気がした。
振り返ると正面には校舎、横には先程まで俺がいた体育館があった。

420: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 01:33:25.82 ID:VI45BVFQ.net
奈央「今日は調子が良かった」
少し先を行く奈央は、ごきげんな様子だった。
夏の太陽を思い切り浴びる中走っているというのに、元気そうだった。

俺「やっぱり、エースじゃん。上手いと思ったよ」
俺がそう言うと、振り返って「本当?」と笑みを浮かべた。

奈央「あの、ワイヤーだっけ!あれは面白かった」
俺「あー、あれね。あれは俺が中学の時の先生に言われたんだ」
俺「あれを聞いてから、スパイク打つのが楽しくなってさ」
俺「それをみんなにも味わって欲しかったから」
俺がそう話すと、奈央はにやにやと笑った。

421: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/10(火) 01:59:41.65 ID:VI45BVFQ.net
奈央「今日は楽しかったなぁ」
俺「良かった。やっぱり、部活は楽しいのが一番だと思うよ」
奈央は、笑顔で黙って頷いた。

奈央「来てくれて、ありがとう」
俺「え?」
俺がそう聞き返すと、奈央はもう答えることもなく、
「ここからは坂道だから辛いよ!」と言って先に走っていってしまった。
木陰に入ると、遠くからツクツクボウシの声がした。


管理人『夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart1夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart4

引用元: 夢を捨てた俺に忘れない夏が来たhttp://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1446046979/

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