夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart2

   

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夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart1夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart1

113: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 01:30:16.20 ID:KRQaq1Jm0.net
時たま吹き抜ける風が、木々のさざめきと共に少しだけ涼しさを運んでくれた。
家の表の方から、書道の帰りなのか子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
奈央「あの…」
俺「どうしたの?」

奈央「もし良かったら…ちょっとだけ対人、付き合ってもらえませんか」
奈央「壁打ちだけだと…やっぱりあれで」
俺「ああ…いいよ、全然オッケ」

対人というのは、バレーの基礎練の一つだ。
二人で向い合って、ボールをパスしあう。

116: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 01:31:58.24 ID:KRQaq1Jm0.net
奈央「いきます」
俺「よし、来い!」
奈央がボールを掲げ、俺の方に打ち込んでくる。
俺「お、なかなかイイ球打つね」
俺がレシーブを上げると、そのまま奈央からトスが返ってくる。

俺は「いくよ」と言ってそのままボールを打ち放つ。
バシン、と手のひらにミートして、気持よく奈央の元にボールが向かう。
久々にボールに触ったけれど、そこまで感覚は鈍っていないようだった。

118: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 01:35:23.24 ID:KRQaq1Jm0.net
奈央が、「はい!」と言ってレシーブをする。
ふわりと浮かんできたボールを、俺は両の手でキャッチし優しくトスを返す。
瞬間、少しだけ陰っていた空からにわかに光が溢れて、構える奈央を照らした。
俺は動揺して、打ち込まれたボールのレシーブを失敗した。

奈央「あ、ごめんなさい…」
俺「いや、今のは捕れた…こっちがごめん」
夏の夕暮れに、こうして対人をする…
俺は、大事な事を思い出していた。

119: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 01:36:37.30 ID:KRQaq1Jm0.net
中学の頃、体育館が満足に使えず、こうしてよく外で対人をすることがあった。
バレーを始めたばかりで、上手くなっていくのが本当に楽しかった。
夕暮れから、真っ暗になってボールが見えなくなるまで、仲間と無心にボールを追いかけまわした。
あれは、なんだっけ。夏の総体の前で、みんな燃えていたんだっけ。

奈央「どうかしました…?」
俺「あ、ごめん。なんでもない」
考え事にふけってしまったせいで、奈央が心配そうにこちらを見ていた。

120: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 01:43:40.62 ID:KRQaq1Jm0.net
奈央「たまに、上手く打てないことがあるんですよね…」
俺「ああ、強く打ち込もうとか、叩きつけるとか考えないほうがいいよ」
奈央「あ、はい!」
俺「手のひらでボールをしっかり捉えれば、力む必要はないから」

奈央「…なるほど。もう一回いいですか?」
俺「うん、全然いいよ」
この子、案外一生懸命なんだなぁって、
俺は思わず笑ってしまいそうだった。

133: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:47:04.54 ID:KmWOGr510.net
奈央「…あの」
奈央がボールを追いかけながら、俺に質問してくる。
俺「…うん、何?」
奈央「ポジションはどこだったんですか」
俺「俺は、レフト。一応、エースだったんだよね…」

奈央は「へー…」と言いながら夢中でボールを追いかけていた。
俺「じゃあ、奈央…さんは?」
奈央「私も…レフトで、一応エース…」
俺「お、すごいね!」
奈央「いや、全然そんなんじゃないです…」

俺の言葉を聞いて、奈央は表情を曇らせた。
何か、まずいことでも言ったんだろうか。
こうして、しばらく二人で対人を続けた。

134: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:48:18.66 ID:KmWOGr510.net
奈央「あの、少し休憩しませんか」
奈央はそう言うと、家の表の方へと駆けて行った。

玄関の脇に水道があって、勢い良く蛇口をひねって水を飲み始めた。
水道の下にはバケツに入ったキュウリの束が置かれていた。
奈央「おばあちゃんかな、こんなとこにおいて」
奈央「いいや、水入れといちゃえ」

135: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:51:41.15 ID:KmWOGr510.net
そう言って、バケツにじゃばじゃばと水を入れていく。
青々としたキュウリの群れが、気持ちよさそうに、
ぷかぷかと水の中に浸っていく。

奈央「どうせだから、水もあげちゃうか」
続けざまに、近くにあったひなびたジョウロに水を入れていく。

そして玄関付近の花壇に、ばーっと、何というか大雑把に、水を蒔いていく。
奈央「うん、これでいいかな」
そう言うと、奈央は少しだけ笑みを見せた。
俺はその様子を見て、少し感心して聞いてみた。

136: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:52:48.35 ID:KmWOGr510.net
俺「この黄色い花、なんていうの?」
奈央「えっと……確か、マリーゴールド、だったかな」
俺「そうなんだ。綺麗だね、なんか夏っぽくて」

奈央「確かに、この燃えてるみたいな色、いいですね」
奈央「個人的には、ひまわりのが好きだけど…」
俺「あ、そうなんだw」
夏の明るい夕日を浴びて、花壇の花達は元気に揺られていた。

137: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:53:52.41 ID:KmWOGr510.net
そんなやりとりをして、また少し沈黙になりそうな時だった。
奈央「はーあ、もう少しで部活も終わっちゃうなぁ…」
奈央がため息を漏らすように、口にした。

俺「あー、確かに。でも、もう総体とかは終わった時期…だよね?」
奈央「そうですね…総体は負けちゃいました」
俺「大会って言ってたけど、何の大会?」

奈央「地区の、夏季大会です。ちっちゃいですけど…どうしても勝ちたくて」
奈央「最後に、みんなで何かを成し遂げたいなって……」
座り込んで、愛おしそうにボールを眺める奈央に、俺ははっとさせられた。

138: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:55:13.70 ID:KmWOGr510.net
俺「奈央さんは…バレーがすごい好きなんだね」
奈央「はい、好きです!…できたら、ずっとみんなでバレーしていたいです」
照れ隠しなのか、奈央はちょっと苦笑いだった。

奈央「1さんは、バレーやめちゃったって言ってましたけど…」
奈央「大学に行ったら、きっと続けるんですよね」
奈央「きっと、上手いだろうし」

139: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:56:19.51 ID:KmWOGr510.net
「あ……」

瞬間、言葉が詰まって何も言えなくなる。
奈央の言葉が俺の胸に突き刺さって、じんじんと痛みを感じるくらいだった。
どうしよう、なんて答えればいいのだろうか。

俺「もう、バレーはやめたって言ったじゃん」
奈央「え…?」
俺「ごめん、俺先に家の中に戻ってるね。」
戸惑う奈央をよそに、俺は急いで家の中へ戻って2階へと駆け上がった。

140: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:57:27.13 ID:KmWOGr510.net
俺は、何をやってるんだ。
明らかに不機嫌な態度をとってしまった。
奈央は別に何も悪くないのに。
俺はただ、奈央が羨ましかった。羨ましくて、悔しかった。

141: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/10/31(土) 23:58:31.24 ID:KmWOGr510.net
屈託なく「バレーが好きです」と言い切れる奈央が、羨ましかった。
俺にとってバレーは「好きだった」ものに成り果てていたから、
今を楽しくバレーができる奈央が、羨ましくて、一緒に居られなかった。

そして相変わらず、腰からはあの鈍い痛みを感じた。
たった一瞬、奈央と対人をしただけだったのに。
部屋に戻ってからも、奈央のバン、バン、という壁打ちの音はしばらく聞こえた。

俺はその後、夕飯の時間まで部屋に篭って勉強に没頭した。
奈央についてしまった悪態も、バレーのことも、これからの事も、何もかも忘れたかった。

149: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/01(日) 20:17:56.15 ID:3oHQMf8J0.net
夏っていいなぁ
このまま夏の描写が続くなら俺は最後まで絶対付き合うぜ

150: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/01(日) 20:22:57.28 ID:jT59xFBy0.net
見てるよw
とても楽しみだよ!

153: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:17:57.29 ID:isNjsBjJ0.net
おばさん「1君、夕飯できたよー」
気づくと、1階から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「はーい」と生返事をしつつ1階の居間に降りると、
おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん(義父の弟)、奈央がテーブルを囲っていた。
俺は身構えて再び自己紹介をして、食卓についた。
おばさんが台所から出てきて、「とってもいい子だよ」と言って笑った。

154: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:19:30.39 ID:isNjsBjJ0.net
おばあちゃんはにこにこして「よく来たじゃんねぇ」と喜んでくれた。
おじいちゃんはあまり表情を崩さず、少し怖い印象を受けた。

そして、おじさんはビールを飲みながら
「まあ何もない田舎だけど、ゆっくりしてけしw」と笑っていた。
義父の堅い印象とは裏腹に、とても温和そうな人に見えた。
なんでも、地元の農協で働いているのだとか。

155: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:22:07.93 ID:isNjsBjJ0.net
奈央はテーブルの向こうに座っていて、力なく笑っていた。
さっきはもっとハキハキした子に見えたけど、家族の前だとやはり恥ずかしいのだろうか、
それとも、俺の最後の態度にひっかかる所があったからだろうか…

どうしようか、奈央にいつ謝ろうか、そんな事を考えているうちに、
目の前には沢山の料理が出てきた。

初日の料理は印象的で、おばさんが張り切ったせいなのか、
豚の生姜焼きに、そうめんに、外で冷やしてあっただろうキュウリの浅漬やトマトなど、
夏っぽいメニューがわんさか出てきて、それはもう食べ切れなかった。

156: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:24:10.18 ID:isNjsBjJ0.net
おばさん「奈央、1君とは話した?」
奈央「え、うん…ちょっと」
おばさん「そう、それならよかったw」
奈央はいかにも気まずい、という感じで下を向いてしまった。

おじさん「奈央も見習って勉強しっかりやらんとだめだぞ」
奈央「わ、わかってるよ、そんなこと」
おじさん「信用出来ないな~w」
どうやらおじさんは、少し酒に酔っているようだったw

みんなでテレビを見て元気に笑いながら夕飯は進み、
夏の宵闇の時間が過ぎていった。

157: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:25:50.06 ID:isNjsBjJ0.net
夕飯が終わるとおばさんが片付けを始めたので、
俺も率先して洗いものを手伝ったりした。
奈央に一言声をかけようと思ったものの、
ご飯が終わるとすぐに部屋に戻ってしまった。

ふと、縁側で食後の一服をしていたおじさんに呼ばれた。
おじさん「1君、こっち来おし」
俺「あ、はい」

縁側に座ると、外の青臭い夏の匂いを感じた。
わずかに、「リリリリ…」という虫の声も聞こえた。
空には、微かに星が光っていて、俺は「はー…」と唸ってそれらを眺めた。

158: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:27:07.26 ID:isNjsBjJ0.net
おじさん「どうでこっちは?すごい田舎でしょw」
俺「ああ…そうですね。色々初めてです、こういうの…でも、いい感じですね」
おじさん「それはよかったw」

おじさん「でもなんだか不思議なもんだよねぇ」
おじさんは、そう言ってゆっくりと煙を吐き出す。
俺が「何がですか」と聞き返す前に、おじさんは続けた。

おじさん「1君は、今いくつ?酒は飲めんのけ」
俺「あ、20歳なので…たまには飲んだりも」
おじさん「それはいいなw」
おじさんは嬉しそうにおばさんを呼んだ。
おじさん「母さん、ちょっと瓶持って来てよ!あとグラス2つね」

159: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:28:54.81 ID:isNjsBjJ0.net
家の奥から「もー、はいはい」という声が聞こえて、
俺とおじさんの間に、冷えた瓶ビールとグラスが置かれた。
おばさん「1君は勉強しに来たんだからー…あんまり変なことさせちょし」
そう言われて、おじさんは「わーかってる!少しだけだから!」と苦笑いした。

こうして見ているとおじさんはまるで小学生のように楽しい人で、(酔っているのもあるが)
あの義父の弟さんには、やっぱり見えなかった。
そして独特の方言も、なんだか俺には心地がよかった。

160: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:31:22.05 ID:isNjsBjJ0.net
おじさん「ほらほら」
おじさんが楽しそうに俺の持ったグラスにビールを並々と注いでいく。
もう大丈夫ですwと言ってもおじさんは子供のように「まだまだ」と言って聞かなかった。

おじさん「じゃ、乾杯だな」
そう言われて、カチンとグラスを突き合わせた。

夏の夜風に混じって「リーーン」と虫の声が聞こえる中で飲むビールはやっぱり美味しくて、
思わず二人で「かぁー!」とうなってしまった。
しばらくおじさんは、黙って煙草を吸い続けた。
途中、「吸うけ?」と言われたが、俺はそれとなく断った。

161: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:34:14.80 ID:isNjsBjJ0.net
おじさん「お父さん…って言っていいのかあれだけんど」
俺「はい?」
おじさん「アイツとは、上手くいってるけ?」
さっきまでのにこやかな表情ではなく、少しだけ物憂げな表情に変わっていた。

俺「ああ、まあ…ハイ。それなりには」
おじさん「ほうけ。それならまあ…ごめんね、変なこん聞いちゃって」
俺「いえ、とんでもないです…」
俺がそう答えて、しばらくその場で虫の鳴き声だけが響いていた。

俺「僕の方こそ、突然押しかけて…これからお世話になります」
俺がそう言うと、おじさんは力なく笑って「ゆっくりしてけばいいよ」と言ってくれた。

162: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:35:18.01 ID:isNjsBjJ0.net
その後、おじさんとしばらく縁側で話したが、
「勉強なんてテキトーでいいだ」だの「今度一緒にパチ●コでも打ちに行かないか」など、
あまりに義父とかけ離れたことばかりを言われて、驚いた反面、
今までプレッシャーの中にいたので、とても安心できたのを覚えている。

これは俺の勝手な予想だが、もしかしたら息子ができたと思ってくれたのかもしれない。
そうだったら嬉しいな、という俺の気持ちだが。

163: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:36:55.75 ID:isNjsBjJ0.net
次の日は、起きて居間に降りるともうおじさんと奈央の姿はなく、
おじいちゃんとおばあちゃんが朝ごはんを食べていた。

おばさん「おはよう、朝ごはん今するからね」
俺「あ、ありがとうございます。あの、奈央さんは…」
おばさん「あ、奈央?部活だってさっき出かけてったねぇ」
おばさん「図書館行くとか言ってたから、今日は夜まで帰ってこないと思うけど」
俺「ああ、そうですか…」

結局昨日の事を謝るタイミングを失ったな、と俺はがっくりうなだれた。

164: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:39:13.91 ID:vTuaPW310.net
田舎の気のいいおっさんってこんな感じだよな
にしても方言っていいな

165: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:39:52.18 ID:isNjsBjJ0.net
おばさん「何?奈央に何か用事あった?」
俺「いえ、そういうワケではないんです」
俺はそのまま用意されたご飯を食べて、日が傾くまで部屋で勉強に集中した。

西日が差し込んでくる頃にはさすがに集中力が切れて、
ちょっと散歩でもしようかなって思った。
家の一階が何やらガタガタ騒がしくなったので、ちょっと気になって見に行ってみようと思った。
開けていいのか分からなかったが、書道教室の部屋に続くドアをそーっと開けて覗いてみた。

166: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:42:39.55 ID:isNjsBjJ0.net
何人もの小学生が長机に座って、みんなそれぞれに書道をしている。
全然集中しないでだれてる子もいれば、背筋を伸ばして集中している子もいる。
俺はそれがおかしくて、「ぷっ」と笑ってしまった。
その内のぞいてるのがバレて、男の子に、「あ、誰ー!?」と指さされた。

その騒ぎは瞬く間に広まって、
「初めて見る人だ!」「兄ちゃん誰!」と次々に集まってくる。
「先生これ誰ー?」と集まってくる生徒に、おばあちゃんは「はいはい、席に戻ってね」
と冷静に対応している。
おばあちゃん「この人は1君。今先生の家に泊まって受験勉強してるの」
と優しく説明をする。

168: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:43:48.64 ID:isNjsBjJ0.net
「え、じゅけんせいなの?」「ろうにんせいってやつじゃない!」
と、騒ぎが収まる様子はない。
俺も仕方なしに「こんにちは」などとテキトーな挨拶をして対応する。

おばあちゃん「1君は夢に向かって勉強してるの。みんなも見習ってね」

おばあちゃんのその一言が俺の心にぷつっと刺さって、俺は我に返った。
「え、なにそれ!」「兄ちゃんどっから来たの」などと、騒ぎが続く中、
おばあちゃんに「失礼しました」と一言謝って、すぐにその場を離れた。

169: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:46:49.07 ID:isNjsBjJ0.net
「俺の夢ってなんだ。」

おばあちゃんは俺が夢に向かって邁進してるように見えたんだろう。
勉強して、その先にかけがえのない夢がある、と―
俺は今、一体何のために勉強しているんだろうか。

そんな疑問、最初からあったのだけど、それすらも忘れようとして、
東京で色々問題を起こして、今ここに流れ着いて―
玄関に置いてあった、奈央のボロボロになったバレーボールを見て、
俺はそんなことを何度も何度も考えた。

170: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:47:58.35 ID:isNjsBjJ0.net
それから数日は、奈央と上手く顔を合わせることがほとんどなく、
二人で対人したあの時の事を、ずっと謝れずにいた。
なぜだか俺はそれが気がかりで仕方なくて、勉強にも身が入らなかった。

171: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:51:04.68 ID:isNjsBjJ0.net
数日後の朝、居間に降りるとやけにバタバタして落ち着かない様子だった。

奈央「お母さん!なんで起こしてくれなかったの!」
おばさん「やーね。何度も起こしたじゃない。アンタ、大丈夫だって言うから」
奈央「もー、これじゃ間に合わないよ!」
寝坊してしまったのか、奈央がえらい剣幕でおばさんと口論していた。

172: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/02(月) 00:52:20.06 ID:isNjsBjJ0.net
おばさん「ほんとね。この電車には乗れないから…そうすると30分以上あくわね」
おばさんが、時刻表らしきものを見ながらつぶやく。

奈央「集合時間に間に合わないじゃん…お母さん車で送ってよ」
おばさん「だめよ。私今日早番だからもう行かないとだから」
奈央「はー?何で今日に限ってぇ!」

おばさん「おじいちゃんとおばあちゃんは病院に行っちゃったし、だめだからね」
奈央「マジ有り得ない!じゃあ本当に遅刻じゃん…!」
その口論は収まる気配もなく、俺は階段の脇から眺めていた。

187: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 01:27:06.75 ID:9B6+3UGn0.net
機をうかがって、どうしたのかと事情を尋ねてみる。

俺「あの、どうしたんですか…?」
おばさん「奈央、今日野球の応援だったらしいんだけど、見ての通り寝坊しちゃったのよ」
俺「ああ、なるほど…」
おばさん「野球の応援くらい、ちょっと遅刻したっていいんでしょ?」
おばさんが呆れた様子で奈央に問いかける。

奈央「だめ!絶対に行かないとなの!」
まるで見に行かないと死んでしまうとでも言わんばかりに、奈央の語気は荒かった。
おばさん「何をそんなに怒ってるのか知らないけど…無理なもんは無理よ」
おばさんにそう言われて、奈央は涙目になって肩を落とした

188: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 01:28:13.37 ID:9B6+3UGn0.net
俺もさすがにそれが見ていられなくて、一言聞いてみる。

俺「あの、車を出せば間に合うんですか?」
おばさん「え?まあ、今から電車で行くよりは…」
俺の言葉を聞いて、奈央がはっとした表情でこちらを見た。

俺「俺、車の免許ありますし…送っていけないことはないですけど」
俺がそう言うと奈央はまた一気に勢いづいて、
「ね、ね、お母さん!いいよね!?」とまくし立てた。

189: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 01:29:18.78 ID:9B6+3UGn0.net
おばさん「あのねぇ、1君に迷惑でしょ…」
奈央「でも他に車出せる人いないんだし、いいじゃん!」
おばさん「はーもう…この子ったら…」
おばさんはそう言って、微妙な面持ちで俺の方を見た。

俺「そういう緊急事態だったら、全然いいですよ」
俺「大丈夫です、安全運転で行くんでw」

おばさん「それじゃ悪いけど、このわがままな子連れてってもらえるかしら」
おばさん「本当に、気をつけてね。急がなくていいからね」
おばさんはそう言って、俺に車のキーを手渡した。

190: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 01:33:03.26 ID:9B6+3UGn0.net
奈央もバタバタした様子で、急いでカバンやら荷物を持ってくる。
出かける間際、おばさんが俺と奈央に、
「暑いから」とペットボトルのポカリをくれた。

車に乗り込むと、案の定中は蒸し風呂のような熱気に包まれていて、
奈央が「早く冷房、冷房」と俺を急かした。

俺「すぐにはクーラー点かないから、ちょっと窓を開けておこう」
そう言って窓を開けると、外から「ジジジジジジ…」とやかましいくらいの蝉の声が聞こえた。
入ってくるのは蝉の声ばかりで、ちっとも風は来なかった。

195: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/03(火) 13:15:02.48 ID:yYbp/vqo0.net
このまま雰囲気ですすんで完結してくれたら俺は嬉しい
情景の描写がすごい好きなんだよ

201: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 23:23:59.61 ID:vjeDc4kG0.net
初めて乗る車だったので最初は緊張したものの、しばらく運転していれば
すっかり調子をつかみ、俺の中にも余裕が生まれてきた。

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俺「おばさんの車を借りてきたみたいだけど…いいのかな」
奈央「お母さんは自転車で仕事に行くから…大丈夫です」
俺「そっか」
車内に二人きりという事もあって、なかなか会話は続かない。

俺は「奈央に謝らないと」と何度も思ったが、それもなかなかに口にできない。

202: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 23:40:49.37 ID:vjeDc4kG0.net
奈央「あの、なんか…迷惑かけちゃって…すいません」
俺「え、何が?別に、全然いいよこのくらい」
俺「こっちも篭もりきりだし、良い気分転換になるよ」
奈央「そうですか…ありがとうございます」

俺はその奈央の受け答えが妙にモヤモヤした。

203: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 23:42:01.59 ID:vjeDc4kG0.net
俺「その敬語みたいな…やめない?」
奈央「え?」
俺「言うて2つくらいしか変わらないし、親戚なわけだし…」
奈央「あ、じゃあ…はい。分かった」
俺「うん、それでいいよ」

奈央は戸惑いつつも、俺の提案を受け入れてくれた。
俺はなんとなく、それがちょっとだけ嬉しかった。

204: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/03(火) 23:50:03.01 ID:vjeDc4kG0.net
俺「あのさ、この前はごめんね」
奈央「え、何が?何かあったっけ…」
奈央は本当に何のことなのか分かっていないようだった。

俺「この前、家の庭で対人した時…突然やめちゃってごめんね」
奈央「ああ…あの時の…」

奈央「あれは、私も変な事言っちゃったかなって思ってたし…」
俺「ううん、そんな事ないよ。…だから、ごめん」
奈央もなんて答えていいのか分からないようで、
「いや、そんな…」と言ってしばらく黙っていた。
俺はまた変な空気にしちゃったかな、と思って胸が騒いだ。

205: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:04:01.44 ID:mfxSqCDK0.net
奈央「もし」
俺「うん?」
奈央「またああいう事があったら、対人してくれない?」
奈央「一人でやるより、ずっと練習になったから」
俺「ああ、いいよ。いい息抜きになるから、声かけて」
そう言うと奈央は、「うん、よろしくね」と笑みを浮かべて手元のスマホをいじり出した。

俺も奈央のその表情を見て、なんだか安心した。
良かった、謝れて。
結局思いつめていたのは俺の一方的な感情で、
奈央はずっとずっと、心の広い子だったようだ。

206: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:06:47.81 ID:mfxSqCDK0.net
横を見ると、助手席に座る奈央の髪の毛に、キラっと光る髪留めが見えた。
よく見れば、何かオシャレをしているようにも映った。

俺「その、髪留めは―」
奈央「これ?別に……」
俺「いいんじゃない。似合ってると思うけど」
奈央「え、本当に?変じゃない?」

俺はそんな奈央を見てちょっと笑ってしまって、
「大丈夫、変じゃないから」と答えてあげた。

207: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:13:37.09 ID:mfxSqCDK0.net
奈央は、手に何か大事そうに持っていた。
野球のユニフォームの形をした、お守りのような…そんなものだった。

俺「それは、お守り?」
奈央「あ…ま、そんなとこ」
俺は「ははーん」と思って、微笑ましい気持ちになった。

奈央がどうしてそこまで時間どおりに行くことに固執していたのか、分かった気がした。
そう気づくと、自分でもにやけを抑えるのに必死になってしまって、少し大変だった。

208: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:24:19.50 ID:mfxSqCDK0.net
30分も車を走らせていれば、目的地である野球場に近づいてきた。
球場の敷地に入って、「駐車場はどこだ―」なんて言いながら進んでいると、
奈央が突然「あ、ニシ君!」と外を見て叫んだ。

俺が「は?」と言って聞き返す前に、
奈央は「ここでいいから!止めて止めて!」と座席を揺らした。
俺「帰りは、どうすんの?」
奈央「終わったらガッコ戻るから、別にいい!」

奈央は「ありがとね!」と言って勢い良く車から飛び出して行き、
球場脇にいた数人の野球少年たちの元へと走っていった。
そして、先頭に居た精悍な顔立ちをした少年と話しているようだった。

210: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:26:01.73 ID:2Ae5m9aD0.net
青春だな

211: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:29:42.89 ID:mfxSqCDK0.net
「なるほど―あれが、ニシ君ってわけね」
俺は、「お守りちゃんと渡せたかなw」なんて思いつつ、
おばさんから借りた軽自動車を駐車場に停めて、球場へと向かってみた。

なぜだか知らないけど、俺は妙に楽しくなってしまって、
ちょっとウキウキした気持ちで球場へと歩いて行った。

212: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:31:34.78 ID:mfxSqCDK0.net
球場と言ってもとても簡素な作りで、
ほとんど屋外運動場のようなものだった。
両校の応援と、父兄らしき人や他校の野球部?が大勢いて、それなりに観客が来ていた。

かくいう俺は一塁側近くの外野席のようなところに座って、
遠くから試合を眺めることにした。
どうやら、奈央たちの高校は一塁側のスタンドのようで、なかなかの大所帯だった。

俺は、「そもそもこれ何回戦なんだ」とか疑問に思いつつ、
頭からタオルをかぶって、おばさんからもらったポカリをグッとあおいだ。

213: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:32:55.40 ID:mfxSqCDK0.net
昼前の良い時間帯で、球場には屋根も何もないから、
頭上からは嘘みたいに真っ白な日光が降り注いで、
今にも焼け焦げてしまいそうなほどだった。

「ミーンミーン」と遠くから聞こえる蝉の声でぼーっとしていると、
三塁側から「パパパーン!」と「ねらいうち」の演奏が勢い良く始まって、
「あ、始まったんだな!」と体を起こした。

214: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:34:23.33 ID:mfxSqCDK0.net
遥か遠くで、球児たちが元気いっぱいに躍動している。
どちらの高校が打っても球場全体に「ワアアアア!」という歓声が沸き起こり、
「パーパーパッパパー!」というブラバンの演奏が高らかに鳴り響く。

それは見ていてとても爽快なもので、全然関係ない俺も、
「よっしゃあああ!」「いいぞー!」と声を荒げるほどだった。

ブラバンの演奏がまた面白くて、
エヴァの曲だとか、ドラクエの曲みたいのまで吹いてて、
今はなんでもありなんだなぁ、と聴いていて楽しくなった。
定番の曲もいいが、知っている曲が流れてくると、何だか嬉しい。

215: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:35:50.37 ID:mfxSqCDK0.net
そんな風にして俺も興奮していると、
『4番、ピッチャー、ニシ、くん』というアナウンスと共に、
先ほどのあの少年が打席に立った。

「ああ、ニシ君、エースで4番なのか。すごいなぁ」
なんて思って、「そりゃ奈央が好きにもなっちゃうわけだ」と笑ってしまった。

今までの演奏よりも一層力強く「パンパーン!!」と「カモンマーチ」が鳴り響いた。
勢いのある曲で、応援する側もついつい力が入ってしまう。
「かっとばせー!ニーシ!ニーシ!」という応援が響き渡る。
その力強い応援から、奈央の高校がことさらニシ君に期待してるんだな、ということが分かった。

216: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:37:54.02 ID:mfxSqCDK0.net
ニシ君が勢い良く空振りする度に、
悲鳴にも似た「あーー…」という声が響いて、
「オッケー次々!!」という野球部の応援団の声が飛び交った。

俺も全然関係ないのだが、なぜだか彼にすごく打って欲しい気持ちが湧いて、
「かっとばせーにーーし!!」と声を張り上げた。

熱の篭った球場。彼は「カキン!」と快音を響かせ球を跳ね返したが、
内野ゴロに倒れ、あっという間にスリーアウトとなった。

218: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:42:58.45 ID:mfxSqCDK0.net
試合は終始接戦で手に汗握るものだったが、
その日「ニシ君」がヒットを放つことはなかった。

そして、奈央の高校は惜しくも敗北を喫した。
挨拶をし、1塁側スタンドに駆け寄ってくる野球少年たちは肩を落とし、
崩れ落ちて泣いている人もいた。

スタンドの生徒たちも「ありがとーーー!」「おつかれーーー!」と
声を上げていて、その健闘をねぎらっているようだった。
遠くでただ、「ミーンミーン」とうるさい蝉の声が聞こえて、スタンドの喧騒に混じりこんだ。

220: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:47:05.92 ID:mfxSqCDK0.net
その中心には、泣く野球少年達と、あのニシ君の姿。
俺は心の中で「いいなぁ」と思った。
あの春高バレーの決勝を見に行った時の感情と、よく似ていた。
俺もできることなら、もう一度あの熱情の中に飛び込みたい。

沢山の声援や光を一心に浴びて、仲間と抱き合って駆け跳ねて、
勝ったら大喜びして、負けたら一緒に泣いて…

俺の夢―それは、バレーをしたいのももちろんだが…
多分、もう一度だけ、あのキラキラとした輝きと熱さの中に、飛び込みたかったんだ。

221: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:49:41.91 ID:mfxSqCDK0.net
やり遂げられなかったバレーボール、部活。
例え途中で負けてしまっても、最後までやりきっていたら、
仲間と一緒に走り抜けていたら…

どんな景色が見えたんだろうか。
俺はそれを知らなかったから、見てみたいと思った。

ニシ君や、あの春高決勝で輝いていた選手たちのように…
仲間と一緒に走り抜けた先には、一体どんな景色があるんだろう―
そんなことを思った。

222: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:50:44.79 ID:mfxSqCDK0.net
試合が終わって、両校の応援や父兄が球場からなだれるように捌けていく。
おばさんからもらったポカリはもうすっかり飲み干してしまったので、
自販機でジュースでも買ってから帰ろうとした。

球場脇にある自販機の前に歩いて行くと、何やら見覚えのあるものが落ちていた。
ユニフォームの形をした…お守りだ。

223: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 00:52:21.44 ID:mfxSqCDK0.net
最初は目を疑ったが、それは間違いなく、
先ほど見た奈央の作ったものだった。

「どうしてこんなとこに落ちてんだ」と思って手にとった。
お守りには、「NISHI」と背番号の数字が縫い付けてあった。

結び紐が切れているという事もなく、ポケットからうっかり落としてしまったんだろうか。
それか、まさか捨てたのか…
先ほどまで全力で頑張っていたあの少年が、そんな事をするなんて信じられなかった。

226: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 01:47:12.04 ID:mfxSqCDK0.net
拾ったものの、これをどうしようか。
奈央に見せた方がいいのだろうか、
もしかしたら渡せなくて、奈央が自分で捨てたのかもしれない。

渡せなかったとしても、自分で苦労して作ったものを捨てたりするだろうか…
考えたら考えただけ、どうしたらいいものか、分からなくなった。
とりあえず、そのままにしておくのもあれなので自分のポケットに突っ込んだ。
これを持って帰ってどうしたらいいのか分からないが、そうするほかなかった。

帰りはまだまだ陽が高い位置にあって、帰ったら勉強しないとな、と思った。

228: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 01:51:31.78 ID:mfxSqCDK0.net
その日の夜、俺は早々に勉強への集中力が枯渇し、
おばさんと夕飯の手伝いなんかをしていたら、奈央が帰って来た。

鍵を忘れたようで、インターホンを仕切りに鳴らしており、
おばさんに「開けてあげてw」と言われて、俺は玄関のドアを開けた。

俺が鍵を開けて、「おかえり」と言うと、「ただいま」とだけ言って
すぐに階段へと向かっていく。
お守りの事、言った方がいいのだろうか、なんて考えていたら、
奈央は振り返って「今日はありがとうね」とだけ言って階段を上っていった。
疲れているのか、表情はとても暗かった。

229: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 01:52:59.63 ID:mfxSqCDK0.net
「もうすぐ夕飯になるよ」と言うと、「うん」とだけ答えてくれた。
しかし、奈央が夕飯の場に顔を出すことはなかった。
「あとで食べる」とだけ言い、家族の前に顔を出すことはなかった。

俺はちょっと心配になったけど、女子高生なんてそんなもんだろうか、とも思った。
高校の時、仲の良い女子は大勢いたが、付き合ったりもしなかった。
(美香にはふられてしまったし)

俺は家であの子たちがどんな感じかは知らない。
学校ではみんなノリがよくて、ニコニコしていたけど、
そりゃあみんな家に帰ったら「素」に戻るよな、って一人で納得していた。

230: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 01:55:54.90 ID:mfxSqCDK0.net
俺なんかが心配したところで、奈央もいい迷惑だろう。

それに俺は浪人生の居候で、わけもわからず突然家に来た奴だ。
そう考えれば、奈央は俺のことをだいぶ受容してくれているだろう。
もっと、根本的に拒否する女の子だっているかもしれない。

そう考えれば、奈央はかなり優しい子なんだろうな、とも思えた。
それも全て、俺がバレーボールをやっていたから、かもしれないが。

231: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 01:57:16.28 ID:mfxSqCDK0.net
それから数日後の朝、とんでもない暑さで目が覚めた。
熱気と自分の汗で溺れるんじゃないか、と思うくらいの目覚めだった。
間違いなく、ここに来てから一番の熱さだった。

一階に降りると、一番におばさんに話しかけられた。
おばさん「今日は暑いね~今麦茶出すから待っててね」
俺「本当に暑いですね…」
おばさん「熱中症にならないように、気をつけてね」
そう言われて差し出された麦茶を飲んだ。

232: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 02:00:06.83 ID:mfxSqCDK0.net
俺「今日は、おばあちゃん達は」
おばさん「おばあちゃんなら、部屋にいるじゃない。おじいちゃんは出かけてる」
おばさん「私そろそろ仕事にいくけど、そこにおにぎり作っといたから、食べてね」
ありがとうございます、と答えて居間の方に行くと、
壁に寄りかかってアイスを食べている奈央がいた。

俺が「おはよう」と言うと、「おはよー」と気持ちの篭っていない声が返ってきた。
俺は居間のテーブルに置かれていたおにぎりを食べながら、話しかけた。

233: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/04(水) 02:03:20.39 ID:mfxSqCDK0.net
俺「今日は、部活は?」
奈央「今日は休み」
俺「あ、そうなんだ」
奈央「宿題しないとなー」
話しながらも、奈央の視線は終始テレビの方を向いていた。

窓は開け放たれていて、すぐそばに扇風機が置かれている。
ゴオオオオ、と轟音を放ち、明らかに強になっていた。
他の家族は皆、強にはしない。おそらく、奈央の仕業だ。

239: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/11/04(水) 19:58:21.08 ID:QEYH360h.net
夏の田舎のなんでもない描写が、妙にリアルで胸にくるな

244: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:29:51.06 ID:J77VLEdA.net
俺も暑かったので、特にそれには何も言わず、
テレビを見ながらおにぎりに噛みつく。

他愛のない朝のニュース。外からは、ミーンミーンと蝉の声がした。
窓のすぐ前には、あのマリーゴールドがちらちらと咲いていた。
元気そうに咲いているということは、
奈央がさぼらずに水をやっているという事だろうか。

245: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:31:33.20 ID:J77VLEdA.net
おばさん「奈央、アンタ今日家にいるんでしょ?」
ふと、居間にやってきたおばさんが奈央に話しかけた。

奈央「多分いるけど。なんでー?」
おばさん「今日おじいちゃんいないから。畑に水やっといてよ」
奈央「ええー?この暑いのに?やだよぉ」
俺はわけも分からず、おにぎりの手を止めて二人の会話を聞いていた。

おばさん「じゃあこの炎天下でおばあちゃんにやらせるの?」
おばさん「家にいるんだから、やっといて」
奈央「えー、でもぉ」
おばさん「お願いね、おじいちゃんも今日は多分夜まで帰ってこないから」

246: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:34:53.91 ID:J77VLEdA.net
おばさんはそう言って足早に玄関から出て行った。
奈央「もう最悪…こんな暑いのに畑なんて出たくない」
俺「畑に水やり?隣の?」
奈央「うん、そう。水あげないといけないの」

俺はよく分からなかったので、続けて質問する。
俺「へーそうなんだ。あれってやっぱり、ぶどうか何かなの?」
奈央「うん、そだよ。ぶどう」
奈央「この辺はみんなぶどう農家ばっかり。毎年やってるよ」

247: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:41:51.06 ID:J77VLEdA.net
俺「へえ、ぶどうかぁ。すごいな、ぶどうなんて滅多に食べないよ」
奈央「そうなの?やっぱり東京ってそういう感じなんだ」
奈央「もうじき嫌って言うほど食べられると思うけどね」

奈央はそう言ってにやにやと笑った。
俺はそれがちょっと可愛いと思ってしまった。

俺「なんだか面白そうじゃん。水やり手伝おうか?」
奈央「え、マジ?手伝って手伝って!」
俺がそう言うと、奈央は喜々として立ち上がった。

奈央「それ食べ終わったら準備してすぐ外に来て!」
そう言い残すと奈央は急いで階段を上がっていった。

248: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:45:04.82 ID:J77VLEdA.net
パジャマであるスウェットから、とりあえずTシャツに着替えてタオルを持って外に出た。
まだ午前中だというのに、茹だるような暑さだった。
遠くの景色がグラグラと沸騰しているように揺らいで見えた。
間違いなく、この夏一番の暑さだった。

奈央は窓先の花に水をやって待っていた。
「そんな恰好でいいの?」と俺の方を見てつぶやいた。
俺「だめなの?」
奈央「いいけど、焼けちゃうし虫に刺されるかもよ?」

そう言われてみれば、奈央は長袖長ズボンで完全防備だった。

249: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:46:27.58 ID:J77VLEdA.net
俺「まあ、それくらいならいいかな。日焼けも虫も、大して気にならないし」
奈央は「ふーん、じゃあいいか」と言って、水道からホースを引っ張っていった。

俺「このホースを、そこの畑まで持っていくの?」
奈央「そだよ。うちには潅水設備とかないからね。いっつもこうやってる」
奈央「私が持ってくから、ホースが絡まらないように、そこで持ってて」
俺「オッケー」
そう言って、奈央はホースをするすると隣のぶどう畑まで伸ばしていく。

250: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:47:32.43 ID:J77VLEdA.net
毎年手伝っているんだろうか、かなり慣れた様子だった。
俺もホースを中継しつつ、隣のぶどう畑に足を踏み入れる。

奈央「あ、そこ!」
俺「へ?」
奈央「ムカデ!ムカデがいるよ!」
俺「うえええ!?」
突然言われて、思わず変な奇声を発してしまう。

251: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 00:48:45.48 ID:J77VLEdA.net
奈央「あっはっは!ウソウソ!ムカデなんていないよ」
奈央は楽しそうに、大口を開けて笑った。

俺「ひっでー。なんでそんな嘘つくのよ」
奈央「ごめんごめんwでも本当にでることもあるから、気をつけてね」
奈央はよっぽど面白かったのか、しばらくクックック、と笑うのを堪えられないようだった。

数日前には何か落ち込んでいるようだったから、
たとえからかわれても、奈央が楽しそうに笑っているのは何か安心した。

252: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:05:04.81 ID:J77VLEdA.net
水道に戻って合図をする。
俺「じゃあ水出すよー」
奈央「お願いー」
俺が蛇口を捻ると、グオっと水が通うのを感じた。
そのまま小走りでぶどう畑の方に向かう。

頭上にぶどうの樹の葉っぱが幾重にも重なっているから、
ぶどう畑の中には木漏れ日が無数に揺れていた。
風が吹くたびにぶどうの葉も揺れて、木漏れ日もキラキラと瞬いた。

253: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:06:31.97 ID:J77VLEdA.net
その中で真剣な顔をして水をやる奈央を、しばらくぼーっと眺めていた。
俺「へー、こうやって水をあげるんだね」
奈央「そうだよ。でもあげすぎもダメだから、何日かに一回って感じ」
奈央「暑い日が続いたら、ただの水撒きもしたりする」

何もかもが初めてのことで、こんな農作業は初体験だった。
俺「こういうの初めてだから、なんかワクワクする俺」
俺がそう言うと、奈央は「うそーw」と言って笑った。
奈央「まあ、家が農家でもないとこんなんないよね」

254: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:12:49.54 ID:J77VLEdA.net
俺「なんでぶどうに紙袋みたいのかぶせてるの?」
奈央「日焼けしちゃうからだよ」
俺「日焼けぇ?ぶどうが?」
奈央「そう。日光に当てすぎるのは良くないんだよ」

俺「へぇー…」
俺はホースの補助をしながら、水をやる奈央を見ていた。

255: 1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/ 2015/11/05(木) 01:44:19.93 ID:J77VLEdA.net
木漏れ日がゆらゆら揺れて、奈央と俺を照らす。それが眩しかった。
奈央「あのさ」
俺「何?」
奈央「…やっぱいい」
俺「は?どうしたの?気になるじゃん」

そう言うと、奈央は申し訳無さそうな表情でこちらを見た。
奈央「なんで、バレーやめちゃったの?」
俺「え」
奈央の言葉に不意を突かれてドキリとしてしまう。


管理人『夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart1夢を捨てた俺に忘れない夏が来たpart3

引用元: 夢を捨てた俺に忘れない夏が来たhttp://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1446046979/

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